今日は何の日?4月11日はガッツポーズの日。由来は「OK牧場」のガッツ石松さん!

  • 2021年4月10日
  • 4月


「ガッツポーズ」という言葉、まさかガッツ石松さんが名付け親だったとは!これを知った時は驚きました。知れば知るほど、そのスゴさを実感するガッツさんのエピソードです。

「ガッツポーズ」という言葉が生まれた、ガッツ石松のKO勝の一戦

1974(昭和49)年4月11日、東京の日大講堂で行われたボクシングWBCライト級タイトルマッチが行われ、 挑戦者のガッツ石松が、当時チャンピオンのロドルフォ・ゴンザレスに対し8ラウンドKO勝ちしました。

その時、ガッツ石松はコーナーポストによじ登って取ったポーズが翌日の新聞のトップを飾ります。この、両手を挙げて勝利の喜びを表わした姿を各紙が「ガッツポーズ」と表現しました。これが、勝利や、喜びのポーズ、「ガッツポーズ」のはじまりと言われています。

もちろん「ガッツポーズ」のこのポーズ自体は昔から存在していましたが、この勝利以降、他のスポーツでも同様のポーズを取ると「○○選手!勝利のガッツポーズです!」などと報じられていくようになりました。

つまり、ガッツさんが事実上の名付け親なのですね。

このポーズについて、ガッツさんは「自分に対して『よく頑張った』という右手、左手は応援してくれる観客に対する『ありがとう』で『文武両道』というのかな」と、独特なガッツ流の解釈をしています。

ボクサーとしても伝説級!ガッツ石松はアジア初のWBC世界ライト級チャンピオン

ガッツ石松さんは、アジア人で初のWBC世界ライト級チャンピオンです。

当時のライト級は非常に有力なボクサーが多い階級でしたが、そうそうたる世界の強豪を抑えタイトルを5度も防衛しているという輝かしい戦歴。

元々は、中学生時代は学校の体育の教師を目指していましたが、家庭の経済的事情のため進学を断念し、中学卒業とともに上京したガッツさん。

様々な職業を転々としながら、ボクシングの修行を続けました。

・・・が、やや練習態度に問題があったようです。ランニングが嫌いで「ランニング行って来ると言ってはジムを出て、帰り際に汗をかいたように水を被ってくる」ということがしばしばあったり、試合で少しでも形勢が悪くなると、試合放棄に近い行動を取り勝てる試合を落とすこともありました。

そこで、ジム側が「ガッツのあるボクサーになってくれるように」との思いを込めて「鈴木石松」というリングネームから、現在の名前に改めたそうです。

なお、ガッツさんの生涯戦績は、51戦31勝(17KO)14敗6分です。



伝説を作り出す男!ガッツ石松の喧嘩最強伝説から珍言・名言まで総まとめ

ガッツ石松伝説その1 たったひとりでヤクザ8人を全員ノックアウト!

ガッツさんが東洋ライト級王者時代のことです。

池袋で白タクの利権がらみで弟にからんできたヤクザ8人を相手に喧嘩をし、ガッツ石松さんたった一人で全員をKOしたという事件がありました。後に正当防衛を認められて釈放されるものの、当初は現行犯として逮捕されてしまいました。

その事件の事情聴取でガッツさんは「チャンピオンは“いついかなる時でも誰の挑戦でも受けなければならない”と賞状に書いてある」と供述しています。本気なのかネタなのか・・。

「リング上では」という条件が明記されていなかったから、そこの隙を突いたのでしょうか。さすがチャンピオン。

なお、この事件以降、チャンピオンに渡される賞状からその文言が削除されています。

この喧嘩ですが、ドラマや映画のように、大勢の相手を一度に倒したような印象を受けますが、実際はガッツさんは大勢を一度に相手にしては、自分に勝ち目はないと判断し、ビルの隙間に逃げこみ、追いかけてきた相手を一人ずつ、全て一発目のパンチで倒していきました。

このとっさの判断と行動力はあまりにも見事です。プロが素人相手に喧嘩することは問題ではありますが、暴力をほのめかしながら、複数で1人を囲むというのも正義ではありません。弟を守るために複数の相手と闘ったこのエピソード、さすがはガッツさんです。

ガッツ石松伝説その2 陣内智則にブチギレ!本番収録中に帰ってしまう!

ここ5年ほど、テレビで見る機会が減って、死亡説のデマまで流されているガッツさんですが、もちろん健在です。

2019年には、「Q~こどものための哲学」(NHK・Eテレ)という人形を使った子ども向けの哲学番組で、“チッチ”という人形の声優とナレーションの声を担当しています。

ただ、バラエティー番組、つまり芸能界からは干されたという説も。

ひとつは、お笑い芸人の陣内智則さんと番組収録中に喧嘩したことが原因のようです。

ある番組でガッツさんと陣内智則さんが初めて共演した際に、陣内智則さんがガッツさんに初対面にも関わらず頭を小突くという形のツッコミを入ました。

芸人からのツッコミなので、受け入れなければならない所だったのかもしれませんが、それでカッとなったガッツさんは反射的にはたき返し、マジギレしてしまし、番組収録中にもかかわらずスタジオを出ていってしまいました。

この場面は実際の放送ではカットされていますが、番組の途中から突如ガッツさんがいなくなるという不思議な放送となってしまいました。

後のテレビ番組での話によると、二人は和解しているとのことです。

そして、この出来事があって以来、ガッツさんは扱いにくいとされ、芸能界から干されてしまったのでは、という噂が出回ったようです。噂というよりは、なかば事実でしょう。

とはいえ、ガッツさんは元プロボクサーで、俳優でもありますから、お笑い芸人のように頭を小突かれるというツッコミを受けてもらうためには、事前の打ち合わせが必要だったと思います。

ガッツ石松伝説その3 ガッツ石松の墓が観光名所になっている!?

ガッツさんの地元、鹿沼市にある「さつき霊園」には「ガッツ家の墓」があって、観光名所になっています。

もちろん、お墓といっても生前墓で、霊園を運営している地元の「見笹石材店」がCMキャラクターとしてガッツさんを起用したことがきっかけで作られたとか。そもそもガッツさんの本名は「鈴木有二」さんですし。

金色の文字で「ガッツ家乃墓」と彫られた墓石には、ガッツさんが流行らせた「OK牧場」というフレーズや、ガッツさんの写真が彫られています。

さらに、ボクシンググローブや、チャンピオンベルトのオブジェ、ガッツさんの名言の数々や戦績なども記されているなど、かなり盛りだくさん(ある意味リアル)で、観光名所となるのも納得です。

このネタを知らない人がこのお墓の画像を見たら、上で触れた「ガッツさん死亡説」というデマを信じてしまうのもわかります。

ガッツ石松伝説その4 すばらしい(?)名言・珍言の数々

凡人が少々頭をひねったぐらいでは出て来ない、ガッツさんの数々の名言・珍言を少し振り返ります。

「私の将棋は王将取られてからが強いんですよ」 
 
クリスマスは誰の誕生日ですか?という問いに対して「七面鳥」

「私はボクシングで人生が380度変わりました」

「好きな数字はラッキーセブンの3」

日本語吹き替えの洋画を見ていて 「最近の外人さんは、みんな日本語上手だねえ」

「相模女子大学って女相撲の養成所でしょ」

同窓会いた同級生に対して「おお、老けたな~!いくつになったんだ?」

クイズ番組にて
 司会者「太陽はどこから昇るでしょうか?」
 ガッツさん「太陽が昇るのは右からだろ」

クイズ番組にて
 司会者「世界の三大珍味です。トリフ、フォアグラ、もうひとつは?」
 ガッツさん「サキイカ!」
 司会者「残念ですが違います」
 ガッツさん「あっ、思い出した・・・キャタピラ!」

世界タイトルマッチの解説を担当。アナウンサーから挑戦者の気持ちを尋ねられて
「いや、怖いのが半分、恐ろしいのが半分でしょうね」

時代劇の撮影を終えたガッツさん、ちょんまげのカツラを脱ぎながら・・・
「こんなに暑いものを毎日かぶって、昔の人は大変だったんだね」

ガッツさんがスティーブン・スピルバーグ監督の映画「太陽の帝国」のオーディションを受けに行った時の面接の話
 スピルバーグ監督「あなたはなぜこのオーディションを受けたのですか」
 ガッツさん「事務所が行けといったから」

これで面接をパスするからスゴい。そして・・

出演した際に、スティーブン・スピルバーグ監督について感想を聞かれて
「外人だったね」

「バナナがうまいのは20本まで」

北斗七星の位置を聞かれて「この辺の者じゃないから・・・」

歯医者をサボる際の言い訳に「今日歯が痛いので休ませてください」

土木作業員のことを「土曜日と木曜日しか働かない人」だと思っている

トラックがバックするときに流れる「バックします、ご注意ください」という音声
ガッツさんには「ガッツ石松、50円ください」と聞こえるらしい

鎌倉幕府ができたのは何年ですか?という問いに対して
「ヨイクニだから・・・4192年」

ガッツ家の猫の名前は・・・・「ネコ」