今日は何の日? 4月20日は郵政記念日 由来と歴史と雑学と珍エピソード

  • 2021年3月27日
  • 4月

郵政記念日の由来

1871(明治4)年4月20日(旧暦:3月1日)、それまでの飛脚制度に代わって、新しく郵便制度が実施されました。これを記念して、昭和9年(1934年)に「逓信記念日」が定められました。

戦後、「郵政記念日」と名前が改められ、この日から1週間を「郵便週間」、この日を含む1週間を「切手趣味週間」として、記念行事が行われるようになりました。

ところで、「郵便」記念日ではなくて、「郵政」記念日なのですね。

「郵政」とは、郵便に関する行政全般のことで、郵便だけでなく貯金や保険の取り扱いも入ります。

「郵便」とは、郵便物を送り届ける制度のことです。郵便物のことを省略して「郵便」と呼ぶことが多いですね。

「郵政記念日」という名前は、名前を改める時にはすでに、郵便局が郵便貯金や簡易保険など郵政事業を担っていたからでしょう。

日本の郵便の歴史 聖徳太子から飛脚まで


日本の郵便の歴史 聖徳太子から飛脚までイメージ 遣隋使船の写真

歴史上で有名な手紙というと、聖徳太子が隋の煬帝に送った手紙を思い出す人も多いでしょう。

聖徳太子は遣隋使の小野妹子に託した国書に「日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す、つつがなきや(東の天皇が、西の皇帝にお手紙をさしあげます。お元気ですか・・・)」と記し、隋の煬帝が激怒した、というエピソードで有名です。

冊封関係(宗主国と属国)から抜け出し、隋と対等の関係を結ぼうとしたからこそ、このメッセージになったとされています。

このほか、小野妹子が隋に渡る際に託された手紙には、「東の天皇、敬(つつし)みて西の皇帝に白(もう)す」という書き出しではじまり、「謹みて白す。具(つぶさ)ならず」と締めてありました、

現代の手紙にも使う「敬白」「謹白」といった言葉が、飛鳥時代の古くから存在し、受け継がれてきたのですね。

その後、大化の改新(645年)のころには「伝馬(てんま)」という、馬を使って、手紙や物などを運ぶ制度が確立されていきます。

馬を乗り継ぐための施設や、宿泊施設などが整備されました。各地に残っている「伝馬町」はその名残だったりします。

鎌倉時代(1185年〜1333年)になると、「飛脚(ひきゃく)」が武士の間で利用されるようになりました。

某運送会社のロゴでも有名な飛脚ですが、飛脚とは、金銭や為替手形、手紙、物品などを運ぶ仕事に従事する人のことです。


日本の郵便の歴史 聖徳太子から飛脚までのイメージ 飛脚のイラスト 東海道五十三次「平塚」より

歩くと2週間程度かかる東京〜大阪間(約500km)を、飛脚は3~4日で走ったといわれています。

このように書くと現代のマラソン選手もビックリの超人がいたのかと思われますが、実際には、宿場をひと区間として走り、約10Km程度で次の走者に交代していました。

江戸時代になると、幕府によって飛脚制度が整備され、庶民の間でも手紙のやり取りが身近なものになりました。

庶民が利用する「町飛脚」、大名が利用する「大名飛脚」、幕府の⽂書を運ぶ「継飛脚」などにわかれていました。



近代郵便制度の導入と珍エピソード

世界で近代郵便制度を作ったのはイギリスでした。1840年のことです。料金前納制を実現し、世界最初の切手を発行しました。

日本でもイギリスの郵便制度を手本として、明治4(1871)年に前島密(まえじまひそか)によって近代郵便制度が創設されました。これが冒頭の郵政記念日の由来につながります。


近代郵便制度の導入と珍エピソードのイメージ 1円切手、前島密の肖像画

現在の郵便局に当たる郵便役所が東京、大阪、京都の3カ所に設置されるとともに、日本最初の郵便切手が発行されました。

翌年にはほぼ全国的にエリアが広がりました。イギリスの制度を参考にしつつ従来の飛脚のシステムも取り入れたものだったので普及も早かったようです。

この際、「郵便」「切手」「葉書(ハガキ)」といった言葉を考えたのも前島密だと言われています。

前島密はこの功績から「郵便制度の父」とよばれ、現在も1円切手の肖像になっています。

珍エピソードその1 郵便ポストは公衆トイレに勘違いされた

珍エピソードその1 郵便ポストは公衆トイレに勘違いされたのイメージ画像

郵便制度が始まり、郵便ポストにあたる「郵便箱」が街に設置されました。当時の郵便箱は角型で黒塗りの地味なものでした。
正面に大きく「郵便箱」と白地で書かれていたのですが、これを「垂便箱(たれべんばこ)」と読み間違えられて、公衆便所と勘違いしたというエピソードが残っています。

投函口は人の胸の高さあたりにあるのに、どうやってそこを目がけて用を足したのか謎です。

この他にも「大」の方にチャレンジした人はいたのだろうかとか、女性はどうしたのだろうか、など半分ぐらいは創作では?と思ってしまうのですが。

珍エピソードその2 郵便マーク(〒マーク)の制定の由来は結構適当だった!

おなじみの郵便マークは郵便制度が始まってから16年も後なって誕生しました。この経緯もダジャレだったり、大ざっぱです。

このほか、郵便マーク(〒マーク)の雑学については、2月8日の記事で取り上げていますので、興味のある方はぜひご覧ください。



切手についての雑学

切手に正式名称があった!

ハガキや封書を送る際に支払った料金の証として貼り付ける「切手」。

実は「切手」は略語で、正式名称は「切符手形」といいます。金銭を預かったり、受取ったことを示す意味です。

日本初の切手の通貨単位は「文」だった!

日本初の切手は、竜がデザインされていて、額面の単位が「文」だったので「竜文切手」と呼ばれています。

1871(明治4年)4月20日に発行されました、通貨に「円」が導入される直前でしたので、1年間ほど、「銭四十八文」「銭百文」「銭二百文」「銭五百文」と表記されていました。

この当時から切手が4種類もあったのは、当時は距離と重量によって料金が変わる料金体系だったので、複数の金額の切手を組み合わせていたからです。

日本初の記念切手は明治時代から

今では年に十数種類の記念切手が発行されますが、日本で初めて記念切手が発行されたのは「明治天皇・皇后の結婚25周年(明治27年発行)」です。戦前は、ほとんどの記念切手が皇室に関連するもので、発行される機会も多くはありませんでした。

切手には発行国の「国名」を書かなければならない!?

切手は世界中どの国でも使用されていますが、発行国の「国名」を表記する決まりがあります。

日本の場合、表記は「英語」ではなく「ローマ字」で、日本も「JAPAN」ではなく「NIPPON」と表記されています。

理由は、世界の郵便のルールを統括する国際組織、万国郵便連合(UPU)で採択されたルールです。

「1966年以降、切手にはローマ字で国・地域名を表記する」ことが採択されました。それに従い、日本は1966(昭和41)年から、切手には日本語表記の他に「NIPPON」というローマ字を表記しています。

しかし、従っていない国・地域も、多く存在しています。

ちなみに「英国」の切手は、国名の表記がありません。郵便制度発祥の国のプライドでしょうか。

あと、国内郵便用の切手と国際郵便用の切手を分けている国では、国内郵便用にはあえて国名を記す必要性があまり見いだせませんよね。そのあたりの理由が関係していそうです。


切手には発行国の「国名」を書かなければならない!?のイメージ 英国の切手の写真

郵便で役に立つ知識(防犯用)

今はコロナの影響で、旅行・帰省で家を長く留守にすることが少ないかもしれません。ふたたび旅行に行く時の豆知識として・・・

不在届けを郵便局に提出するだけで、最長30日間郵便物を郵便局留めにしてもらえます。

これで、郵便物がポストにそのままの状態で、空き巣にスキを見せる可能性が低くなります。新聞の配達を止めておく人は多いのですが、郵便物は意外な盲点だとか。ぜひ実行してください。