冬至と日出・日没の時刻の関係 クリスマスも関係する?

2020年の冬至は12月21日です。運気を大切にする人は「冬至を境に運も上昇する」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、古来より冬至は大切な日とされてきました。

冬至とは何?


冬至とは24節気の一つで、北半球では1年中で昼が最も短く、夜が最も長くなる日を意味します。別名を「一陽来復(いちようらいふく)の日」と呼んだりします。
中国や日本においては、冬至は太陽の力が一番弱まった日であり、この日を境に再び力が甦ってくるという前向きな意味合いを含んだ言葉なのです。たしかに、正午ごろでも暖かだけど、どこか弱々しい日差し。昔の人がこのように捉えた気持ちが良く解ります。

2020年の冬至は12月21日。


二十四節気は日付は変動します。2020年の冬至は12月21日です。冬至は天文現象ですから、厳密には何時何分のレベルまで計ることができますが、これによって暦の上での日付を決めていくことになります。うるう年があるように、地球が太陽の周りを1周するのは時間にして365日と6時間ありますから、徐々にずれていったり引き戻されたりしています。

年    日時(世界時、UT) 日本での日付
2016年   12月21日10:44    12月21日
2017年   12月21日16:28    12月22日
2018年   12月21日22:23    12月22日
2019年   12月22日04:19    12月22日
2020年   12月21日10:02    12月21日
2021年   12月21日15:59    12月21日
出典:国立天文台

冬至は日の高さも低い。南中時の太陽高度は


何中高度というのは、太陽が真南にきて、いちばん高く上がったときの地平線との間の角度のことです。おおよそ正午頃のお日様の高さですね。
これは、緯度によって異なりますので、東京(北緯35度)の例を。東京の冬至の太陽の南中高度は32°しかありません。かなり横から照らされる感じなので、ビル街などが陰ばかりなのも頷けます。一方で夏至の日の太陽の南中高度は78°もあってまるで頭の真上から照りつけているかような感覚です。

日出、日没の底とは一致しない冬至


冬至の日の日没の時間は、日没の底(最早の時間)からはすでに回復しています。つまりすでに日が沈むのが遅くなりつつあるということです。
2020-21年の冬シーズンの東京で計算しますと、日没は12月7日が16時28分で最も早く、冬至の日はすでに4分ほど遅くなっています。お正月には16時40分ごろとなりますので、この頃には夕方は明るくなったと感じ始めることでしょう。
一方で、日の出は来年の1月7日が最も遅く6時51分です。冬至の日には、まだ6時47分ですからここからさらに4分ほど遅くなります。
ちなみに名古屋以西では日の出が7時より遅くなる時期があります。東京の感覚でいると冬の博多の日の出は本当に遅く感じます。

冬至にかぼちゃを食べると運気上昇?


かぼちゃが日本に伝来したのは、戦国時代の1542年頃、九州に漂着したポルトガル船によってもたらされたとされています。古代中国からの伝統ではなかったのですね。
冷静に考えると、かぼちゃは中南米原産の熱帯性の植物。夏に収穫できます。にもかかわらず冬至で食べられるようになったのは、保存がきくので冬でも食べられる大切なビタミン源だったからのようです。これを食べて厳しい冬を乗り切ろうと。江戸時代に風習として定着しました。
確かに、冷蔵庫に入れなくても大丈夫ですからね。ましてや江戸時代にはブロッコリーやトマトは日本にはありませんでしたから、かぼちゃは数少ない貴重な冬の緑黄色野菜だったと言えましょう。

冬至のゆず湯は語呂合わせから生まれた


温泉に入り、病気を治す湯治(とうじ)。冬至=湯治。語呂合わせから生まれました。現実に温泉・湯治場に行くのは大変ですから、お風呂を温泉っぽくしたいと。そこで「融通」が効きますようにという願掛けから柚子が定着したという説があります。日本らしいですね。端午の節句の菖蒲風呂が尚武と掛けているのと同じです。
冬至の頃ですと柚子が収穫できますし、香りが強くその香りがお風呂に合いやすいですし、皮にはビタミンCやクエン酸が含まれていて美肌効果もあるとかなんとかで、昔の人はなかなか良いモノを見つけてきたのだなと感心しております。

クリスマスは冬至にあやかった?


キリストが誕生した日として祝われるクリスマス。カトリック・プロテスタントでは新暦の12月25日です。この12月25日(旧暦)を正式にキリスト生誕日として決められたのは325年のニケーア公会議でのことでした。
正確なキリストの誕生日は?これは聖書にも記されておらず、3月、4月説など諸説入り乱れていて、はっきりしないようです。これでは信徒にとっても、布教活動を行うにしてもあまりすっきりしなかったようで、それならば、決めた方が良かったと。
あえて冬至の頃が選ばれたのは、当時(駄洒落?)ヨーロッパで盛んに信仰されたミトラ教という宗教がありまして、このミトラという神様が冬至に死んで3日後の25日に復活するということでこの日が盛大に祝われていて、キリスト教もキリストの復活が重要な要素なので丁度よいとそれにあやかったという説が有力です。超リアリストな聖職者がいたのでしょうか。

さて、人間は勝手なもので、夏はウンザリした日差しが今は恋しくなってしまいます。今日を境にこれからは日が長くなるかと思うと、厳しい寒さも少し和らげることが出来そうですね♪

タイトルの画像はS. Hermann & F. Richter両氏によるPixabayからの画像を頂きました。ありがとうございます。